アニメ「シャンピニオンの魔女」から見える世の中の光と闇
「シャンピニオンの魔女」ってどういうアニメ?
「シャンピニオンの魔女」は、白泉社「マンガPark」に連載されている樋口 橘先生による同名マンガが原作のアニメになります。
黒い森の奥深く、
毒キノコのお家にひっそりと、
ルーナという一人の魔女が住んでいました。彼女が触れたり歩いたりしたところには毒キノコが生えることが多く、
吐く息や皮膚には毒が混じっています。
街の人達は彼女を“シャンピニオンの魔女”と呼びました。
黒魔女として恐れられている彼女に、近づく者は誰一人いません。ルーナは今日も薬を売るために街へと向かいます。
彼女の薬は万能薬として大人気で、
手にした人はみな口をそろえて感謝の言葉を述べます。
しかし、みな誰が薬を作っているか知りません。
それでもルーナは、今日も薬を作り続けます。そんなある日のこと。
人の温もりを知らない孤独なルーナに、夢のような出会いが訪れて……。恋と冒険と感動の魔法ファンタジーが、いま幕を開ける!
──これは、心優しい黒魔女・ルーナとそれを取り巻く人々の、
それぞれの愛の物語。
主人公はルーナという女の子で、人々から“シャンピニオンの魔女”と呼ばれる黒魔女です。
ルーナは触れたり歩いたりしたところに毒キノコが生え、吐く息や皮膚には毒が混じる特殊な体質の持ち主。
見た目は若いですが同じ見た目の人間の何倍も生きていて、人にできないことがたくさんできます。
しかし一方で、その体質のせいで人が当たり前にできることができず、人の暮らしに憧れています。

作品の世界観と物語の骨格
この物語の世界は、ざっくり言えばこういう感じです。
- 世界には「魔女」が存在する
- 魔女は 白魔女 と 黒魔女 に分けられる
- 表向きの歴史と、実際に起きている真実が大きく食い違っている
物語の中心にいるのは、毒を宿す存在として忌み嫌われる黒魔女。
この世界では「毒」「腐敗」「死」「病」はすべて黒魔女に結びつけられ、
逆に「癒し」「救済」「浄化」「繁栄」は白魔女の功績だと語られています。
黒魔女の役割と本当の重要性
表向きの評価として、人々が抱いているイメージはこうです。
- 触れるものを腐らせる
- 人を死に至らしめる
- 災厄の象徴
- 近づくだけで危険な存在
たしかに、これだけ聞いたらとても怖い存在ですよね。
しかし事実は違いました。黒魔女は完全にスケープゴートにされていただけであり、実際はとんでもない役割を果たしていたのです。
まさにここがこの作品の核心になります。
実は黒魔女は、
世界に溢れすぎた「毒」や「歪み」を引き受け、体内に溜め込む存在だったのです!
- 病
- 穢れ
- 感情の澱(よど)み
- 呪い
- 世界のバランスを壊す要素
これらを自分が犠牲になることで中和していたのです!
つまり、黒魔女は「世界のゴミ処理場」であると同時に「最後の安全弁」...。
黒魔女がいなければ、世界はとっくに壊れているといっても過言ではなかったのです。
それなのに、どうして嫌われ続けてしまうのか?
理由は単純で、救いがない。
1. 仕事が「見えない」
黒魔女の働きは
- 成功しても何も起こらない
- 失敗した時だけ被害が表に出る
人間が一番評価できないタイプの功績です。
霊長類は視覚に頼っており、特に人間はなまじ知能が発達しているため目に見えるものしか信じられないし評価できません...そういう人が圧倒的に多いですよね。
私は整形外科時代、リハビリ主任のNo.2のような立ち位置を取って裏方仕事をよくしており、主任からは「先生がいてくれていつも助かってるよ」と言われることが多かったのですが、院長からはまったく評価されていませんでした。
(もっとも、あの時の私はかなり尖っていたので原因はほかにもあったと思いますが...)
そんな院長からの評価を受けて主任から「先生ほど評価が乖離してる人はなかなかいないよね」と言われたことを今でも思い出します(笑)。
「真実はいつも一つ!」とは某人気アニメのセリフですが、私はそうは思いません。
(ファンの方がいたらごめんなさい)
「真実は人の数だけあるんですよ。でも、事実は一つです」
これは2022年放送の月9ドラマ「ミステリと言う勿れ」の中で菅田将暉演じる久能整のセリフですが、私もそう思います。
だって、しょせん人間は自分が見たいと思うようにしか世界を見ることができないのですから。
2. 見た目と現象が最悪
- 近くの植物が枯れる
- 触れたものが腐る
- 黒魔女自身が毒を溜め込み、孤独に生きる
人はいつの時代も理屈より見た目で判断しがちです。
「人を見た目で判断するな」とはよく言ったものですが、一度抱いてしまった見た目による先入観やイメージを払拭することはなかなかできません。
とはいえ私も偉そうなことを言っておきながら、もしも実際に毒や呪いを浄化している現象を目の前で見てしまったら、ルーナのことを誤解せずにいられる自信はありません...。
ですので、せめて現実世界においてはそういった過ちは犯さないように目の前の人との出会いを大切にしたいと思います。
ちなみに人間の脳は、初対面の人と出会った瞬間わずか0.8秒で「この人好きor嫌い」を判断していることが認知科学の研究により分かっています。
このとき脳がジャッジした「好きor嫌い」という感情は基本的に覆ることはないと言われていますが...(もちろんその後の付き合いの中で評価はある程度変わります)。
3. 歴史が意図的に歪められている
これは現時点では推論になりますが、おそらくあるのではないかと思います。
- 黒魔女の本来の役割は記録から消されている
- 「災厄の原因」という物語だけが残された
- 子ども向けの教訓として利用され続けた
要するに政治的に不都合だったというわけです。
これ、実際の社会でも多々ありますよね?
たとえば医療の世界では、今でこそ「現代医学」といえば西洋医学が主流ですが、元々はホメオパシーや自然療法などを中心としたいわゆる代替医療が中心でした。
しかしロックフェラー財団(1913年設立)が20世紀初頭に資金力を用いてアメリカの医学教育を構造改革を起こします。
アメリカ国内の医学校に財団の寄付金を活用した評価基準を適用し、代替医療を排し西洋医学を標準化させました。
そのほか北京の協和医学院の買収など国際的に西洋医学の教育・研究システムを移植したり、公衆衛生、特に感染症対策や看護教育へ巨額の投資を行い、世界的な現代医療の基礎を築きました。
このようにロックフェラー財団は現在の標準的な医療システムの確立者として歴史的に位置づけられています。
しかし、本当に「表向きの歴史」だけを見ていていいのでしょうか?
代替医療を排し西洋医療中心となってから現在に至るまで、結果はどうでしょうか?
毎年医療費はどんどん膨れ上がるばかりで、病気は減るどころか増え続けていく一方。
感染症対策に巨額の投資をした結果、ワクチンによる後遺症で苦しんでいる方は数え切れません。
ひとたび病院で薬を処方されれば一生飲み続けなければならず、量も種類もどんどん増えていきまた新たな身体の不調を招く...。
こうなってくると、石油を元に作られている薬でビジネスがしたかっただけなのではないかと勘繰りたくもなりますよね?
当たり前ですが、こういった情報はなかなか表には出てこず一般の人が知る機会はそう多くはありません。
利権側からしてみれば、こんな都合の悪い情報や歴史は隠したくて仕方ないはずです。

白魔女の立場と地位
話をアニメ「シャンピニオンの魔女」に戻しまして...対して、白魔女とはどういう存在なのでしょうか。
白魔女の表の顔は、
- 癒し手
- 人々を導く聖職者的存在
- 王権・宗教・政治と結びつく
この世界で白魔女は権威と制度の側にいる魔女になります。
さきほどの現代医療の話に置き換えてみれば、厚労省や医師会という権威側に立ち保健医療制度を“最大限上手に使っている”医師といったところでしょうか?
なぜ白魔女が政治的に優位になれたのか
理由は主に3つあります。
- 成果が分かりやすい
- 病が治る
- 作物が育つ
- 祝福という形で見える
- 人と距離が近い
- 都市に住む
- 王や貴族と接触する
- 教育や制度に組み込まれる
- 黒魔女を「悪」にすることで正義になれた
- 黒がいるから白が輝く
- 敵役が必要だった
白魔女が行ってきた黒魔女への仕打ち
ここはかなり陰湿です。
エンパス(共感脳)度がかなり強い私にとっては観ていてとてもつらくなるシーンもありましたが、直接的な描写がなくてよかったです...。
しかし、想像しただけでも怒りや悲しみなど複雑な感情が胸を襲います。
- 黒魔女を隔離
- 人里から追放
- 記録の改竄
- 「近づくと危険」という恐怖教育
- 必要な時だけ利用し、終われば切り捨て(黒魔女狩り)
さらには「存在を否定し続ける暴力」。
これは直接的な暴力よりもある種、残酷かもしれません。
しかも白魔女自身が「世界を守っている」という自覚を持ったまま、黒魔女の犠牲に目を向けない。
これは悪意というより都合のいい無知。
実は私も認知科学の世界に足を踏み入れてから...いや、もっと前から似たような苦しみを味わってきました。
専門学校を卒業し免許取得後、柔道整復師として整形外科に入職し、縁あって「痛みの専門家」として痛みの真実を追い求める道を選んだその瞬間から、その苦しみは始まりました。
科学的に完全に否定されたはずなのに、レントゲンやMRIといった画像検査で未だに続けられるゴミ箱診断。
その場しのぎの痛み止めの薬や注射への依存。
繰り返される原因とは無関係の箇所の手術。
強ければ強いほど効くと洗脳された強揉みマッサージ。
悪化していても平気で続けられる痛いリハビリ。
どうせ元に戻るのに定期的に行う身体の歪み矯正。
何でも治る万能の魔法とでも言いたげな筋トレ。
こういったことはほんの一握りですが、患者さんと真摯に向き合い自分の知識や理論理屈の上ではなく目の前で起こる現象を素直に受け入れれば、「おかしい」「違う」と気づくはずです。
しかし人間は自分がいままでやってきたこと、自分の考えや価値観が否定されたとき、なかなか素直に受け入れることができません。
さらにそういった状況に直面したとき、自分を守るために他人を攻撃したくなるもの...。
私は整形外科時代、整骨院時代にそれを嫌というほど経験してきました。
ときには悲しくて涙し、ときにはイラっとし、「あれだけ時間を掛けて丁寧に丁寧に説明したのに、なんでわかってくれないんだ!」と怒りが込み上げ眠れない日もありました。
また、あまりの絶望感と自分の無力さに何も手につかず、軽いうつに近い状態になったこともありました。
まさに「存在を否定し続ける暴力」です。

まとめ:この物語が描いている本質
最後に、この作品は魔女の話に見せかけて
- 目に見えない労働
- ケア役を押し付けられる存在
- システムを支える犠牲者
- 正義を名乗る側の欺瞞
を描いているのではないでしょうか。
黒魔女は英雄になれない。
なぜなら英雄とは「見られる存在」だから。
それでも黒魔女は今日も毒を引き受ける。
誰にも知られないまま。
……正直、かなり人間社会の縮図で笑えないですよね。
私も自分自身と重なることが多く、笑えません。
ここまでお読みいただいたあなたは、どう思いますか?
もしご興味を持った方は、ぜひアニメ「シャンピニオンの魔女」をご覧になってください。
ちなみに世界観は重いですが、全体的に絵の感じは可愛らしくコミカルな部分も多い作品ですので、身構えて観なくても大丈夫です(笑)。